【用語解説】サビ戻り
- 2018.07.08
- 用語解説
サビ戻り【サビもどり】[名詞]
最後のコーラスでテーマを演奏する際に、テーマの先頭からではなくサビとその後の部分のみを演奏すること。
「次の曲はバラードなので―にしましょう」
解説
ジャズの曲では多くの場合、最初のコーラスと最後のコーラスにおいてテーマを演奏する。つまり、例えばある曲の1コーラスの長さが32小節であるならば、最初の1コーラス(32小節)と最後の1コーラス(32小節)においては共にテーマの演奏に割かれる。しかし、バラードのようにテンポがゆっくりである曲の場合、最初のコーラスと同じように最後のコーラスもまるまる32小節をテーマに割いてしまうと冗長になると感じられることがある。そのような場合に、テーマのうちサビより前の部分はテーマとして演奏することを省き、サビとそれより後の部分のみをテーマとして演奏することを「サビ戻り」と呼ぶ。
ジャズ・スタンダードにおいて最もよくある構成はAABA形式であると言えるだろう。サビというのはAABAの4つの部分の内のBセクションの部分のことであり、「ブリッジ(bridge)」とも呼ばれる。この構成においてサビ戻りで演奏するという場合、最後のコーラスでは4つの部分(ここでは説明の便宜上、4つのセクションを順に「A1」、「A2」、「B」、「A3」とする)の内のA1とA2はテーマとして演奏はせず、BとA3のみをテーマとして演奏するということである。
「サビ戻り」の二つの意味
上で「A1とA2はテーマとして演奏はせず」と書いたが、そこには2通りの意味が生じる。つまり、
- A1とA2はそもそも演奏しない。
- A1とA2はテーマとしては演奏しないが、ソロとしては演奏する。
これら2つの意味は「サビ戻り」という用語の意味としてどちらも使われ得るので注意が必要である。1の意味のサビ戻りでは、アドリブ・ソロや4小節交換等の最後のコーラスがA3まで進んだ後にテーマのコーラスを(A1やA2の部分は省略して)いきなりBから始める。つまり、構成が「AABA、AABA、……、AABA、BA」となるのであり、最後のコーラスにおいては構成そのものが変化するということである。一方、2の意味のサビ戻りでは、アドリブ・ソロの最後のコーラスがA2までしか行われず、それに続くBからテーマが演奏される。つまり、構成はあくまで「AABA、AABA、……、AABA、AABA」であり、最後のコーラスにおいても構成の変化はない。
このように1の意味と2の意味とでは構成に違いが出てくるのであり、共演者が「サビ戻りで」と言った時にその人がどちらの意味で言っているのかを理解しなければならない。「サビ戻りで」と言われたのが演奏が始まる前なのであれば発言者にどちらの意味であるのかを聞いて確かめればよいが、それを言われるのは必ずしも演奏前とは限らず、むしろ演奏中に言われる(もしくはサビ戻りをするという意味の合図をされる)ことが多い。それではどう判断すればよいのか。
まず、演奏中に「サビ戻りで」と言われた(合図された)場合は、その合図されたタイミングによってどちらの意味かを判断することができる。そのように合図されるのはたいてい
- A3が終わる手前
- A2が終わる手前
のどちらかであり、いずれの場合においてもその直後にテーマに入る。したがって、「サビ戻りで」とA3が終わる手前に合図された場合は、A3の直後にサビ戻りをする(つまりA1とA2を省略してBに入るという1の意味となる)。また、「サビ戻りで」とA2が終わる手前に合図された場合は、A2の直後にサビ戻りをする(つまりそれに続くBからテーマを演奏するという2の意味となる)。要するに、演奏中に「サビ戻りで」と合図されたら、とにかくその直後の部分をBとしてそこからテーマに入ればよいのである。
なお、演奏中にサビ戻りの合図とは具体的にどのような合図をするかについても述べておく。概ね、下の写真のような指のサインによってサビ戻りである旨を伝えることが多い。
人差し指をカギ型にするというサインである。ただ、このサインは意外と知らない人もいるので、合わせてアイ・コンタクトや演奏そのものを通じてサビ戻りをするという雰囲気を出すことも必要である。
では、演奏前に「サビ戻りで」と言われた場合はどうなのか。もちろん上に書いたように発言者に直接聞けばよいのだが、筆者の経験上、演奏前にわざわざそう言われた場合は1の意味であることが多い。発言者がテーマを演奏する/歌う人自身である場合、特にその傾向は顕著である。なぜならば、2の意味でのサビ戻りの場合では構成の変化は生じないので、Bに入るタイミングでテーマを担当する人がテーマを演奏しはじめてしまえば強制的にサビ戻りになるからである。そこまで強引な戻り方をしたくない場合でも、構成の変化が無い分、A2の終わりの段階での最小限の合図だけであっても割とスムーズに戻れるので、わざわざ演奏前に「サビ戻りで」と言う場合は1の意味を伝えたい可能性が高い。もちろん、サビ戻りとなる直前の部分(例えば、ベース・ソロ)をA1とA2だけにするという話があった上で「サビ戻りで」と言われたのであれば2の意味になるのだが。
バラード以外でサビ戻りをすることが多いのは、ヴォーカル曲の場合である。ヴォーカル曲の場合、楽器のソロ部分はアドリブ・ソロとしての意味合いを持つことももちろんあるが、間奏としての意味合いを持つことも多い。間奏がヴォーカルを引き立てるための役割であると考えるのならば、楽器のソロが長過ぎてはその役割を果たしているとは言い難い。従ってヴォーカル曲では、まずヴォーカルが1コーラス歌い、楽器(ピアノや、もしいればサックスやトランペットなど)が半コーラス(A1とA2)ソロをして、それに続くBからまたヴォーカルが歌って終わるーーという形がよく見られる。これだと1曲が2コーラスだけで完結するので、曲をコンパクトにまとめたい時には便利である。
後半がサビで始まらない曲の場合
ここまで、AABA形式の曲を前提として解説してきたが、それ以外の形式の曲の場合についても触れておく。ジャズでAABA形式に次いでよく見られるのがABAC形式であるが、その場合に2回目のAからテーマに戻ることについてはサビ戻りとは言わない。当たり前だが、テーマに戻るところがサビではないからである。この場合、サビ戻りとは言わずに、「後半から(テーマに)戻る」と言う。ただ、実際のところは、うっかり「サビ戻り」と言っても2回目のAから戻るという意味でなんとなく通じてしまうものでもあるのだが……。一方、AABC形式の曲の場合は、後半の先頭にB(サビ)があるので、サビ戻りと言う表現で合っている。また、もっと複雑な構成の曲の場合でテーマを頭から演奏しないのであれば、どこから戻るというのを共演者に具体的に説明しておいた方がよいだろう。
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