【用語解説】移調譜

【用語解説】移調譜

移調譜【いちょうふ】[名詞]

サックスやトランペット等の移調楽器のためにあらかじめ移調して書かれた楽譜。
この譜面はサックス用の―ですか?」「私はC譜で読みますので―は必要ありません。

解説

一般的に楽器は「ド」を弾けば「ド」の音が出るのが当然であると思われがちであり、実際ピアノのような楽器は「ド」のキーを押さえれば「ド」の音が出る。しかし移調楽器と呼ばれる楽器においては、その楽器の「ド」の音高は一般的な(例えばピアノの)「ド」の音高とは異なる。移調楽器の音高は全体的にピアノの音高より短3度高かったり(トランペット)、長6度低かったり(アルトサックス)、1オクターブと長2度低かったり(テナーサックス)する。移調楽器には管楽器が多く、一般的な音高におけるE♭をCとする管楽器をE♭管(「エスふかん」もしくは「イーフラットかん」と読む)、一般的な音高におけるB♭をCとする管楽器をB♭管(「ベーかん」もしくは「ビーフラットかん」と読む)という。

こういった移調楽器の演奏のために楽曲の本来の音程からあらかじめ移調して書かれた譜面のことを移調譜と呼ぶ。そのようにあらかじめ移調する場合、短3度高い楽器のためには短3度低く、長2度低い楽器のためには長2度高く書けばよい。なお、移調譜ではない楽譜(楽曲の本来の音程から移調楽器の演奏のための移調が行われていない楽譜、もしくは移調されているがオクターブ単位で移調されている楽譜)のことをC譜(「ツェーふ」もしくは「シーふ」と読む)と呼ぶ。

移調楽器以外の楽器奏者やヴォーカリストにとって移調譜はあまり身近な存在ではないことが多く、中には移調譜というものの存在を知らない者もいる。その一方で、移調楽器の奏者の中にはC譜ではなく移調譜でなければ演奏できないという奏者も多い。このような認識の隔たりがあるため、ジャムセッション等で両者が共に演奏をする場合には移調譜に関して正しい知識を持っていなければ演奏やコミュニケーションが上手くいかないこともあるので気をつけなければならない。

移調譜の種類

ジャズ等の音楽においてよく用いられる移調楽器用の移調譜には、アルトサックスやバリトンサックスといったE♭管楽器用のE♭譜(「エスふ」もしくは「イーフラットふ」と読む)や、トランペットやテナーサックスやソプラノサックスやクラリネットといったB♭管楽器用のB♭譜(「ベーふ」もしくは「ビーフラットふ」と読む)等がある。なお、移調楽器にはE♭管やB♭管以外にもF管等様々な調のものがあるが、ジャムセッション等で用いられることは少ないのでここでは割愛する。スタンダード曲のリード・シートにおいてよく用いられるのはC譜とE♭譜とB♭譜であり、ひとまずこの3種類の楽譜の存在をおさえておけばよいだろう。いわゆる『黒本』(『ジャズ・スタンダード・バイブル』)のようなスタンダード曲集には、それぞれの楽器に合わせてE♭版やB♭版が出版されているものもある。

参考:『ジャズ・スタンダード・バイブル

移調譜の例

ここで具体的に移調譜の例を見てみる。例えば以下のような楽譜があるとする。

sample score in c

これがE♭譜の場合だと、次のような楽譜になる。

sample score in eb

また、B♭譜の場合では次のようになる。

sample score in bb

E♭譜の場合はC譜より短3度低く(長6度高く)書かれるので、C譜でキー=CメジャーであればE♭譜ではキー=Aメジャーとなる。また、B♭譜の場合はC譜より長2度高く(短7度低く)書かれるので、C譜でキー=CメジャーであればB♭譜ではキー=Dメジャーとなる。メロディーに関して言うと、その各音高がC譜の対応する音高からそれぞれ同じだけ離れているのが分かる。また、メロディーだけではなく、コードも同じようにC譜の対応するコードからそれぞれ同じだけ移っているのも分かるだろう。また、移調譜にはそれがC譜ではなく移調譜であるということが分かるように譜面の上部等に「in E♭」や「in B♭」といった風に書かれることもある。これはそれぞれE♭管用の移調譜、B♭管用の移調譜であるという意味である。なお、たまに誤解されることだが、これはその曲のキーがE♭やB♭であるという意味ではない。

非移調楽器奏者はどのような譜面を用意すればいいのか

では共演者に移調楽器の奏者がいる場合、どのような譜面を用意すればよいのか。例えばあなたがヴォーカリストで、自分が歌いたい曲の譜面を彼らに渡す場合、それはC譜がよいのか、それとも移調譜がよいのか。これについては「こちらの方がよい」という答えは無い。なぜならば、どちらの譜面を見て演奏するのが得意であるかは奏者によって異なるからだ。一般的な傾向について言うと、移調楽器の初学者は移調譜しか読めないことが多い。サックスやトランペットのような楽器を習う場合、たいていは移調譜を使って教えられるからである。しかし様々な音楽活動をしているうちにC譜を読んで演奏しなければならない機会が訪れ、演奏経験を積むとともにC譜も読むようになる。ジャズのコンボで演奏することが多くなるとその現場で共演者から渡される譜面はC譜であることが多いので、移調譜を見ての演奏よりもC譜を見ての演奏の方が得意になる者も多い。一方、誰にも習わず独学で移調楽器を始めた者やピアノ等の非移調楽器から移調楽器に転向した者には、初学者でも移調譜よりC譜の方が得意な者いる。そういった奏者には、移調譜が全く読めない者もいる。逆に移調譜しか読めない奏者には、ライブ等のために譜面を(セッションの場合のように演奏当日ではなく)あらかじめ見ることができる場合であればその用意されたC譜を自分で移調譜に書き換えて演奏に臨む者もいる。これらのことを鑑みると、非移調楽器奏者やヴォーカリストは、例えば初心者向けのセッションに行く場合であれば移調譜とC譜の両方を、そしてライブや中級者以上のセッションの場合は少なくともC譜を移調楽器奏者のために準備しておくのがよいだろう。もちろんいちばん良いのは——可能であれば、だが——共演する移調楽器奏者にあらかじめどちらの譜面がよいかを聞いておくことである。

score for transposing instruments