【用語解説】原曲キー

【用語解説】原曲キー

原曲キー【げんきょくきー】[名詞]

ある楽曲にもともと設定されていたキーのこと。

この曲は―がE♭マイナーなのですか?」「次の曲はヴォーカルが入りますが―でいいそうです

解説

西洋音楽的な調性の範囲内で作曲された楽曲には、その一曲一曲にキーが設定されている。その曲が世に出た時点でその楽曲に設定されていたキーが原曲キーとなる。もちろん、曲が世に出る前、作曲者が作曲を行った時点で設定したキーが厳密な意味での原曲キーではあるのだが、実質的にはそれが初めて他者の目に(耳に)触れることが可能になった時点(楽譜が出版されたり、レコードやCDがリリースされたり、ライブで初演されたりした時点)におけるキーが原曲キーとなる。原曲を「元曲」と表記し、原曲キーを「元曲キー」と表記する場合もある。いずれにしても読みは「げんきょくきー」である。省略して「原キー」もしくは「元キー」と言う場合もある。また、「オリジナル・キー」と呼ぶことも多い。また、後述するが、原曲キーという語が派生的に「一般的なキー」という意味で使われる場合もある。

なお、西洋音楽的な調性の考えによらずに作られた楽曲(世界各国の民族音楽や、あるいは西洋音楽的調性を意図的に無視して作られた現代音楽等)はキーがあっても西洋音楽的なそれとは異なるシステムのものであったり、もしくはキーの概念自体が全く無かったりするので、本稿ではそれらについては割愛する。

上述のように原曲キーとはその曲の初出の時点でのキーであるはずなのだが、実は必ずしもそうではない場合がある。以下、「初出のキー=原曲キー」である場合と、「初出のキー=原曲キー」ではない場合について解説する。

「初出のキー=原曲キー」である場合

これは、その曲の初出がどれであるかが明白である場合に当てはまりやすい。たとえば、ジャズ・スタンダードの「Spain」という曲はチック・コリア率いるリターン・トゥ・フォーエヴァーのアルバム『Light as a Feather』に収録されたものが一般的に初出であるとされる。このアルバムに収録された「Spain」のキーはBマイナーであり、これが原曲キーであることには異論をまたない。この曲を知っていて、かつ演奏もする音楽家に「Spainの原曲キーは?」と聞けば、ほぼ全ての者は「Bマイナー」と答えるだろう。なお、このように初出が明らかであるためには、その曲が作られた年代があまりに昔ではないということも間接的に影響しているだろう。曲が新しいものであればあるほど、その初出がどれであるかという情報が明らかである可能性は高いからである。

「初出のキー=原曲キー」ではない場合①:後の演奏の影響によるもの

一方、「初出のキー=原曲キー」とはならないケースとして、「初出のものよりも後の演奏の方が有名になってしまった場合」というのがある。後の演奏の方が有名になってしまった結果、その演奏におけるキーの方が「原曲キー」とみなされるようになるのである。この現象は古いジャズ・スタンダード等によく見られる。特に戦前・戦中に作曲されて後にジャズ・スタンダードとなった曲には、もともとは演劇や映画の劇伴音楽として作られたものが多い。劇伴音楽としてはたいしてヒットしなかったものの、1940~1950年代にジャズ・ミュージシャンがそれを演奏レパートリーとして取り入れ、さらに多くのミュージシャンが演奏するようになった——というような例はたくさんある。そのような場合、その曲を取り上げて有名にしたジャズ・ミュージシャンが演奏していたキー等が(ジャズ界における)「原曲キー」とされるようになるのである。

たとえば今ではジャズ・スタンダードとなった「You’d Be So Nece to Come Home To」はもともと映画『Something to Shout About』の主題歌として世に出たが、その時点でのキーはAマイナーであった。後に多くのジャズ・ミュージシャンがこの曲をカヴァーし、特に器楽奏者達(アート・ペッパーやソニー・スティットら)の多くはGマイナーのキーで演奏した。恐らくその影響も大きかったのであろう、後世のミュージシャンはこの曲に関してはGマイナーが「原曲キー」であると思うようになったのである。

もちろんこのケースでは後の演奏におけるキーは厳密な意味での原曲キーではなく、あくまでジャズを演奏する人達にとっての一般的なキーであるというだけなので、言ってしまえばこれ(たとえば「You Be So Nece to Come Home To」の原曲キーをGマイナーであると言ってしまうこと)は勘違いであり、間違いである。しかし、ジャムセッションにおいての会話の中ではこの「一般的なキー」を「原曲キー」と表現してしまうことは、しばしば実際にあることなのである。

「初出のキー=原曲キー」ではない場合②:スタンダード曲集の影響によるもの

同じように、ある曲の初出のキーとは異なるキーが楽器演奏者達にとって一般的なキーとなり、それが「原曲キー」と言われてしまう要因として、『ジャズ・スタンダード・バイブル』(いわゆる『黒本』)等のスタンダード曲集の影響が考えられる。つまり、スタンダード曲集に掲載されている譜面のキーが原曲キーとして取り扱われてしまうということである。

参考:『ジャズ・スタンダード・バイブル

たとえばセロニアス・モンク作曲のブルース「Straight No Chaser」は、この曲の初出アルバム『Genius of Modern Music Vol. 2』に収録されているバージョンではキーがB♭となっている。しかし、『黒本』および『黒本』登場以前の日本におけるジャズ・スタンダード曲集としてデファクト・スタンダードであった『スタンダードジャズハンドブック』(いわゆる『青本』)には、この曲はFのキーで掲載されている。もちろん、モンク自身が『Genius of Modern Music Vol. 2』リリースより前にこの曲をFキーで演奏していた可能性も否定できないが、一般的には「Straight No Chaser」は同アルバムが初出とされており、そこでの演奏はB♭キーによるものなのである。『黒本』や『青本』がこの曲をFキーで掲載することになった経緯としては恐らくそれらの本が出る時点までにこの曲がFキーで演奏されることが既に多かったのであろうことが考えられるが、これらの本の出版よりも後の世代の日本のジャムセッション参加者達にとっては『黒本』や『青本』にこの曲がFのキーで載っているということの影響は少なくないだろう。『黒本』や『青本』にFで書かれているからそれが一般的だと思い、ひいてはそれが原曲キーであるという勘違いが——ジャムセッションに参加して「Straight No Chaser」を演奏する人達の多くがアルバム『Genius of Modern Music Vol. 2』に収録されたモンク演奏による「Straight No Chaser」を聴いたことがあるにも関わらず——起こるのである。

参考:『スタンダードジャズハンドブック

念のため記しておくが、原曲キー以外で演奏することはもちろん悪いことではない。その曲のメロディーを演奏する楽器の特性に合わせてキーを変更して演奏することは十分に音楽的に意味のある選択であるし、特にヴォーカルの場合はスタンダード曲を歌唱するのに原曲キーを用いる場合の方が少ないと言えるかもしれない。ただ、ジャズ初心者の方々の中にはたまに『黒本』の譜面は全て原曲キーで書かれていると思われている方もいるが、そうではないということは気に留めておいた方がよいかもしれない。『黒本』や『青本』や『リアルブック』といった本は、それぞれの本が出版された時代や地域のジャズ演奏において一般的であるキーで各曲を掲載しているのである。(ちなみに、上述の「Straight No Chaser」に関しては、『リアルブック』にはB♭のキーで掲載されている。)

参考『The Real Book – Volume I, Real Book Series

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