【用語解説】ヴァース(verse)
- 2018.12.29
- 用語解説
ヴァース【verse】[名詞]
ジャズの歌曲において、本編となる歌の前に置かれる導入部分。
「次の歌は―から歌います」「ベースとドラムは―が終わる所から入ってください」
解説
20世紀の半ばまでに作られた西洋ポピュラー・ソングには、ミュージカルや映画の中で使われる歌として考えられたものが多くあった。そういった劇中歌は、芝居の途中で突然に歌が始まってしまっては不自然な感じに思われるためか、歌の本編が始まる前に語りのようでもあり歌のようでもある部分が付くことがよくあった。従って、ジャズ・スタンダードでもミュージカルや映画の歌を起源とするものにはそのような前置き部分が付いていることがよくあり、そういった前歌の部分のことをヴァースと呼ぶ。また、ヴァースに対して歌の本編のことをコーラスと呼ぶ。ヴァースは「バース」と表記されることもあるが、4バース、8バース等の「バース」と紛らわしいので、本稿ではverseは「ヴァース」と表記することにする。なお、4バース、8バース等のバースは「bars」であり、全く異なる英単語である。
ヴァースの意味
そもそも「verse」という単語は「詩」という程度の意味であり、「前置き」ということを表す語ではなかった。しかし上述のようにその詩が歌の前置きとして使われたため、ポピュラー・ソングやジャズ・スタンダードにおいてヴァースとは歌の本編の前置き、前歌という意味を持つようになった。落語で言うならマクラのようなものであり、そこで歌われる内容はその歌が歌われる状況の説明であったり、心情をを綴ったものであることが多い。聴いている人に対して、これこれこういうこと/気持ちなのでこの歌を歌いますよ、と分かってもらうために歌うのである。
ヴァースの音楽的特徴
ヴァースはあくまで前振りであるということからか、歌の本編(コーラス部分)に比べると起伏が少なかったりする。またヴァースは大抵がテンポ・ルバートであることもあって、歌っているようにも語っているようにもとれるような表現となる。余談ではあるが、「ルバート」という語が誤って「ヴァース」という語と同義のように用いられる(前歌部分を指す語として用いられる)ことがあるが、ルバートはあくまでテンポが一定でないということを指す語であるので、これは誤りである。ヴァースのテンポがルバートではなくイン・テンポである場合もある。なお、イン・テンポのヴァースであっても、コーラス部分とは異なるテンポであることも多い。また、ヴァースのキーもコーラスと異なることがよく見られる。
ヴァースの省略
ヴァースはライブ演奏/録音を問わずよく省略される。インストではヴァースを演奏されることの方が少ないだろう。ヴァースはそもそも歌の説明であるという役割があることから、歌詞が無いインストではその役割を果たすことができないからだ。ただし、インストでもヴァースから演奏されることが多い曲も全く無いわけではなく、例えばStardustはインストでもよくヴァースから演奏される。余談だが、Stardustに関してはフランク・シナトラ(Frank Sinatra)がヴァース“のみ”を歌い録音したというのは有名な話であるが、ヴァースを歌ってコーラスは歌わないというのはかなり特殊な例である。
ヴォーカルものの場合でもヴァースは歌われないことはよくある。現在ジャズ・スタンダードとされている曲の数々が作られた20世紀半ばの録音メディアはSPレコードのように録音可能時間が短かったということも影響してか、その当時の録音ではヴァースが入っていないことがよく見られる。後にLPレコード等、より長く録音できるメディアも登場し、ヴァースを含めて録音される場合もあったが、それでもヴァースは省略される場合もあった。製作者側の考えによって曲によりヴァースを付けたり付けなかったりしたのだろうが、ヴァースを歌ってから本編が始まるというフォーマットがいかにも昔のミュージカル・映画音楽的な雰囲気を醸し出すということも影響したのかもしれない。
セッションやライブの際の注意点
上述のようにヴァースは省略されやすいということから、ジャムセッションやライブでヴォーカリストがヴァースから歌うかどうかは演奏開始前に共演者に伝えておいた方がよい。もしくは、共演者に渡す譜面にヴァースが書かれてるか書かれていないかによってヴァースを歌う/歌わないを間接的に伝えることもできる。ヴォーカリストが共演者に渡す譜面が無く『黒本』等のスタンダード曲集を見て演奏が行われる場合は、それらにヴァース部分が書かれているかどうかをきちんと確かめておく必要がある。ヴァース部分についてはよく省略されるので楽器演奏者は知らない(もしくは知っていてもコード進行を憶えていない)ということもよくあるので、ヴォーカリストがヴァースから歌いたい場合はヴァース部分から書かれた譜面を用意しておくようにしたい。
参考:『ジャズ・スタンダード・バイブル FOR VOCAL』
ヴァースから始まる場合のよくあるパターンとしては、ヴァースはヴォーカリストとピアニスト(もしくはギタリスト)だけで行い、ヴァースが終わりイン・テンポでコーラスが始まるところから他の楽器も入ってくるというものがある。セッションで特別なアレンジをしないで演奏する場合等は、大抵はこのパターンで上手くいくだろう。また、ヴォーカリストがテーマを歌い終わって楽器奏者にソロが回ってゆく際には、ヴァース部分を除くコーラス部分だけを用いてソロが回されることがほとんどである。
ヴァースから伴奏で入るピアニストやギタリストは、ヴォーカリストが多くの場合ルバートで歌うのをよく聴きながら合わせなければならない。初見の場合は特にそうだが、ヴォーカリストが現在どこを歌っているのかをよく把握しながらコードをつけるようにしよう。初心者の方の場合、ヴァースから始めることはヴォーカリストにとっても一緒に弾くピアニスト(もしくはギタリスト)にとっても、少し難しいことかもしれない。しかし、ヴァースを付けることによりインストによる演奏とは一味違う雰囲気を出せるので、機会があれば積極的にチャレンジしたいものである。
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